2013年5月4日土曜日

専門用語をカタカナにすること

旧友の及川卓也さんのブログ「Nothing ventured, nothing gained.」の記事「UXから考える翻訳」に、IT用語として外来語をそのままカタカナにして使うことに関する指摘がありました。

  • 利点…それが専門用語であり、一般用語とは別であることが明確になる。
  • 欠点…多用すると、もはや日本語とは言えないような文章になってしまう。

この問題は、翻訳だけではなく母語についてもあてはまります。

一般に英語は造語能力がそれほど高くないため、日常用語の流用が多く見られます。たとえば、及川さんのブログにも出てきた「HELP」。日本語だと「ヘルプ」ですが、英語国民にとっては「手助け」くらいの意味でしょう。

ご存じの通り、ITでいう「ヘルプ」は、操作や意味が分からないときに使う機能のことです。デートの待ち合わせをすっぽかしてしまって怒っている彼女から助けてくれるわけではありません(この場合、助けて欲しいのは彼女の方かも知れませんが)。

「借金で困っているからHELPを選んだけど助からなかった」という英語のジョークをどこかで見ました。

その点、日本語で「ヘルプ」と書いてあれば人生の問題は解決できないことがすぐ分かります。

明治期、特に数学分野では多くの専門用語が日本語化されました。たとえば「行列」は「matrix」の訳です。「マトリックス」よりも「行列」の方が親しみやすい気がしますが、日常用語の行列は「一列に並んだ状態」を示すのであって、縦横に並ぶことは意味しません(こちらの数学用語は「待ち行列」、英語では「waiting queue」)。日常用語だから分かりやすいというわけではないのです。

カタカナを使うことで、最初は取っつきにくいかも知れませんが、正確な理解ができます。と言っても、最初の取っつきにくさは後の学習に影響するので、IT教育に従事するものとしては何とかしたいとは思っています。いまだに良い案はないのですが。

クラウドによる業界の消失

フィルムカメラを使う人もすっかり少なくなって、現像の仕組みを知らない人も増えました。もっとも、フィルムカメラを使っている人全員が原理まで知っていたわけではありません。今でも、デジカメを使っているからといってJPEGファイルの特徴まで知っているとは限らないのと同じです。

写真技術の変化は、コンピュータの変化の経緯と似ているので、ちょっと紹介しておきましょう(ものすごく長いです)。

●フィルムの撮影からプリントまでの流れ

フィルムカメラで撮影する場合、カメラに未現像のフィルムを装填します。フィルムが格納されたカートリッジを「パトローネ」といいます。


▲パトローネに収められた未撮影フィルム

フィルムには光に反応して変化する物質が塗布してあります。フィルムに光を当てて性質を変化させるのは「光を感知する」ことから「感光」と呼びます。また感光を行なう装置を「カメラ」と呼びます。

撮影済みのフィルムが再感光してしまうと、せっかく記録した映像が上書きされてしまいます。そこで、撮影後はこれ以上感光しないような処理を行ないます。この時、感光によって変化した性質を、濃淡や色の変化に置き換える作業も同時に行なうため「現像」と呼びます。現像によって初めて映像が現れます。

家庭でよく使われていたカラーフィルムやモノクロフィルムは白黒が反転しているため「ネガ」と呼ばれます。ネガティブのネガです。カラーネガの場合は、全体にオレンジ色が追加されているため、見ただけで色は分かりません。


▲撮影済みのフィルム(カラーネガフィルム)

現像作業は以下のステップで行ないます。

  1. 現像…フィルムの感光剤に化学変化を起こすことで、映像に変化させます
  2. 停止…必要以上に変化しないように化学反応を停止させます
  3. 定着…表示された映像をそれ以上変化しないように固定します
  4. 水洗…薬品が残らないように水洗いします

ネガフィルムは、白黒反転させて紙に写し取ります。この作業を「プリント」と言います。プリントした結果も「プリント」と呼びます。

一般には、ネガフィルムからプリントすることも「現像」と呼ぶ場合があるので混乱しますが、厳密には別物です。

なお、APS-C規格の場合は、現像後のネガフィルムをパトローネに巻き戻すので、未現像(撮影中または未撮影)か現像済みか分かるマークが付いているそうです(私は使ったことがないので分かりません)。


▲プリント

プリントには、感光剤を塗布した専用の紙を使います。これを「印画紙」と呼びます。印画紙に映像を写し取る作業も化学反応をつかうため、最終的には水洗が必要です。

プリント時には引き延ばしができるので、日本では写真店のことを「DPE店」と呼んでいました。Development(現像)、Printing(プリント)、Enlargement(引き延ばし)の頭文字を取ったものです(和製英語です)。英語で何と言うかは知りません。Photoshopじゃないと思います。

●1時間仕上げ

ここまでが写真の基本ですが、30年ほど前からプリント作業に変化が出てきました。「ミニラボ」の登場です。

写真の現像所を「ラボ」と言います。ミニラボは、ラボの作業をDPE店で行えるようにした装置で、現像からプリントまでを一気に行ないます。これにより、現像所までの往復がなくなり、撮影済みフィルムからプリントまでが1時間くらいでできるようになりました(以前は数日かかってました)。

さらに、ここ十数年でミニラボの構造が変わっています。現像はほとんど同じですが、プリントはフィルムをデジタルスキャンし、レーザー光を使って印画紙を感光させます。ちょうどプリンターで印刷するようなものですが、印画紙を使った薬品処理は同じです。

完全自動なので、早く、安くできます。また、スキャン後の画像を確認することで、写真の色補正などが非常に簡単にできますし、トリミングもできます(傾き補正はできませんでしたが、今はできるかもしれません)。

DPE店の奥を覗くとPCが置いてあって、画像の確認をしている場面に遭遇することがあります。どうも補正も自動でできるようです。この補正は、メーカーが蓄積したDPEのノウハウが詰まっているそうです。

たいていのDPE店では、トリミングしてもらうと別料金を取られますが、明るさの調整や色の調整は無料でやり直してくれます(古いプリントと交換です)。でも、実際の作業としてはトリミングも色調整も大して手間は変わらないようです。

私がフィルムで写真を撮っていた2003年とか2004年頃は、週に1本から2本のフィルムを現像に出していたせいか、時々トリミング料金をまけてもらっていました。

●そして現在

ところが現在は、デジカメとPC、そしてインターネットの普及により、「写真のプリント」という作業が行なわれないようです。運動会の写真交換は、ストレージサービスのURLがメールされてきて、自分で勝手に保存するんだそうです。

写真交換会っていうのは結構楽しかったのですが、そういうのはもうないんですね。もっとも、好きな女の子の写真を、誰にも知られずに入手できるという利点もあります。

●IT業界は今

ものすごく長い前置きでしたが、ここからが本題です(短いです)。

1980年くらいまでのコンピュータは、オペレータの手を介さないと利用できませんでした。ちょうど、現像所に現像とプリントを依頼するようなものです。

1980年代になって「パーソナルコンピュータ」が生まれ、自分で操作できるようになりまいた。ちょうどDPE店の店員が自分で現像できるようなものです。利用者も、その場で色調整のやり直しやトリミング指示ができました。

そして、現在、クラウドサービスが普及し、自分のコンピュータが必要なシーンが減りました。メールやWebブラウズだけだったらタブレットやスマートフォンで十分です。

私は今、新しい本を執筆中ですが、その検証は手元のPCに加えて、クラウドサービスの仮想マシンを併用しています。もう少しクラウドサービスが安くなって、仮想ネットワークの設定が簡単になったら手元のPCは不要になるかもしれません。

ミニラボの登場は大きな変化ですが、ある程度予想できるものでした。でも、デジカメの登場により「プリントする人がいなくなる」というのは予想できなかった人が多いのじゃないでしょうか。

クラウドの登場は、デジカメとPCとインターネットの組み合わせくらい大きなインパクトがあるはずです。市場がなくなってしまうくらいの状況で私たちは何ができるのでしょうか。

オチも結論もありませんが、クラウドの教育コースを実施しながらこういうことを考えています。